東寺〜教王護国寺〜



東寺(教王護国寺が正式名称)は平安京遷都(延暦13年・794年)の際に正面入り口の羅生門を挟んで延暦15年(796年)に東西に建立された寺院の一つで、またの名前を左大寺ともいいます。
西寺(右大寺)も建立されていたと伝えられていますが、現在は東寺しか現存していません。当初の目的は左京、更には東国の鎮護を目的としていましたが、弘仁14年(823年)に嵯峨天皇が空海に東寺を勅使したことから真言密教の根本道場の意味合いを持つようになりました。
兵火等で創建時の建物は失われており、現在の堂宇は奈良時代の伝統的な伽藍配置をふまえて再建されたものです。多数の国宝、重文を有することで知られており、ことに密教美術の宝庫として名をあげています。
 金堂は弘仁14年(823年)に嵯峨天皇から空海(弘法大師)に与えられたと伝えられており、東寺が本格的に活動を始めたのは、空海がこの寺に入ってからであるとされていて、そういった意味でも弘法大師信仰の強いお寺です。



東寺の伽藍配置は奈良時代の寺院建築形式で、南大門・金堂・講堂・食堂(じきどう)・北大門が一直線に並んでおり、南大門の東に五重塔、西に潅頂院、その北に空仏像、空海の遺品など多くの文化財が保存されています。宝物館では年2回、春(3月20日〜5月下旬)と秋(9月20日〜11月下旬)にご宝物が公開されています。



南大門

南大門

 重要文化財に指定されている南大門をくぐると、正面(北側)に「金堂」が見える。金堂の西側を北の方向に進むと、{金堂」、「講堂」、「食堂」の各伽藍が一直線に配置されているのがわかる。

金堂

金堂

 南大門をくぐって、正面に見えるのが桃山時代の代表的建築物といわれている金堂(国宝に指定)である。

 創建時の金堂は文明18年(1486年)に焼失したようで、現存する金堂は豊臣秀頼の発願で、慶長8年(1603年)に完成した建物といわれている。ただ、礎石や基壇、仏壇の位置、大きさ等は創建当時のままという。


金堂内部

  金堂内には、本尊の「薬師如来座像」を中心に、向かって右側に「日光菩薩」、左側に「月光菩薩」が安置され、本尊の台座には「十二神将像」が配置されている。これら薬師三尊像は慶長8年(1603年)、仏師康正の作といわれている。

 「薬師如来座像」、「日光菩薩」、「月光菩薩」及び「十二神将像」全て重要文化財に指定されている。

 金堂内部は見学拝観可能である。


講堂

講堂

 金堂の北側に建っているのが講堂である。

 講堂は空海によって建てられ、承和2年(835年)に完成したとされているが、文明18年(1486年)に焼失し、現存する講堂は延徳3年(1491年)に創建時の基壇の上に再建されたものであるという。

 「講堂」は純和風建築様式の建物で、重要文化財に指定されている。


講堂・立体曼荼羅特集はこちら!

不動明王像

 講堂内の壇上中央の如来部には「大日如来」を中心に五智如来、右側の菩薩部には「金剛波羅密多菩薩」を中心に五菩薩、左側の明王部には「不動明王」を中心に五大明王、四隅には「持国天」、「多聞天」、「増長天」及び「広目天」の四天王、両端には「梵天」と「帝釈天」、合計21体の仏像が安置されている。これら仏像の配置は弘法大師の密教の理想を表す立体曼荼羅であるとされている。

 21体の仏像の内、15体は国宝に、5体は重要文化財に指定されている。

 この仏像のコピー(東寺発行のパンフレットより)は講堂内に安置されている仏像の中でも特に有名なものの一つである「不動明王」(国宝)である。


講堂・立体曼荼羅特集はこちら!

大日如来

 左の仏像のコピー(東寺発行のパンフレットより)は講堂内壇上中央部の五智如来の中心、即ち、講堂内の全仏像の中心に安置されている「大日如来」(重要文化財)である。

 講堂内部の見学拝観は可能である。800年ぶりと言われている諸仏像の本格的な修理が3年間にわたって行われていたが、この平成の大修復が完了し、2000年5月から21体の全仏像を拝観することが可能になった。


講堂・立体曼荼羅特集はこちら!

五重塔

五重塔

 
金堂の東側、境内の東南隅には東寺のシンボル的存在であり、新幹線の車窓からも見ることができる「五重塔」(国宝)が建っている。

 五重塔は天長3年(826年)に弘法大師が創建に着手し、約50年の長年月を経過した後、慶長年間に完成したと伝えられる。その後、しばしば火災に遭い焼失、再建を繰り返したようで、現存のものは徳川家光の寄進により寛永21年(1644年)に再建したものとされている。


 塔の高さは約57mで、現存する木造の古塔では日本一高いといわれている。


大師堂

大師堂

 
境内の西北部に「大師堂」(国宝)が建っている。

 「大師堂」はかつては弘法大師の住居であったとされているところであるが、当初の建物は火災に遭い焼失、現存のものは明徳元年(1390年)に完工した建物であるといわれている。


 大師堂北側には「弘法大師座像」が祀られており、これは最古の大師像といわれ、他の大師像の模範とされているようである。この仏像は「国宝東寺展」で開扉公開された。

 「不動明王坐像」及び「弘法大師座像」は共に国宝に指定されている。



back to TopPage